第97回全国高校野球選手権・新潟大会が10日開幕する。連合2チームを含む参加86チーム(90校)が1枚の甲子園切符をかけて熱い戦いを繰り広げる。3年生にとっては集大成の夏…チームをまとめ、引っ張ってきたキャプテン(主将)はそれぞれのドラマを抱えながら、仲間を鼓舞し、最後の夏の戦いに挑もうとしている。キャプテンの夏…その1人ひとりに負けられない思いがある。
「もう1回お願いします!」
長岡大手の主将・水内大樹(18)が鈴木春樹監督に食い下がる。
「ダメだ。おまえら、きょうはもう終わり」
「お願いします!」
柏崎と新潟県央工で甲子園を2度経験した鈴木監督特有の守備練習メニュー『パーフェクトノック』。それぞれの守備位置から内野ゴロや外野フライ、中継プレーや送球など一連の動作をミスなく終えなければ、ノックは完成しない。1人がミスをすればその瞬間、全員が一からやり直しとなる。鈴木監督が「究極のプレッシャー練習」と表現するゆえんある。
この日、何度かのノックでも最後までミスなく終えることはできなかった。時計の針は既に7時を回り、陽が落ちている。しかし懇願に根負けした鈴木監督が、「あと3回だけ」と口にした瞬間、選手たちが一斉に守備位置についた。水内は二塁の守備位置でノックを待つ。「アイツは新潟県内のキャプテンの中でも“苦労ランキング”だけならベスト4に入りますよ」・・・鈴木監督は水内をそう評して笑った。
セカンドの守備位置で声を出す水内大樹主将
中学時代は捕手だった水内。一昨年春、長岡大手に入学し、同期の仲間12人で一緒に甲子園を目指した。高校野球の水に慣れ始めた1年生の終わり、異動により監督が代わった。新潟県央工から新たに母校の長岡大手に異動となった鈴木春樹監督が就任した。
最初はその練習方法や鈴木監督から発せられる言葉に戸惑った。「高校野球を通して自分をどう成長させるか」・・・ミーティングで繰り返される監督の野球論=人間論を理解しようと必死になった。
選手を集める水内主将(中央) この日、真っ暗になるまでパーフェクトノックは続いた
そして迎えた2年の秋、水内は自らキャプテンに立候補した。
しかしすぐに壁にぶち当たった。
「チームをなかなか1つにまとめることができませんでした。特に今の3年生は最初は1つにまとめることができず、『やめたい』と漏らす仲間もいました。ミーティングを繰り返し、本音で話し合った。『この仲間は一生の仲間だから最後までやりたい。おまえの力が必要なんだ』と説得しました。最後は理解してくれて・・・今は12人の仲間が1人もやめることなく、最後の夏を迎えることができます」
水内はセカンドを守る。しかしレギュラーではない。試合では一塁ベースコーチに入る。
鈴木監督は言う。
「どんくさいやつなんです(笑)。でも私の野球を何とか理解しようという姿勢が物凄くある。私にやり込められても絶対に弱音を吐かない。今はすぐに周囲が助けたり、周りに愚痴ったりする風潮がありますが、アイツはそういうのが一切ない。全部、キャプテンとして肚(はら)に収めています」
水内も監督への感謝を言葉にし、夏への決意を込める。
「新チーム発足後、鈴木監督は本気で僕たちにぶつかってきてくれました。監督からは野球だけでなく、人間として自分をどう成長させることが大事かということを学びました。2年生が主体のチームで、自分は試合に出られるかどうかわかりませんが、主将として絶対にチームを救いたい。自分ができる仕事をサポートしたい。ベンチに入ることができない3年生の思いも持って、プレーすることを心に決めています」
鈴木春樹監督(左)の話を聞く長岡大手の選手
そして水内がこの夏、感謝を伝えたい人物がもう1人いる。
祖母のヨキイさん(80)である。
「自分が幼稚園の時から、家では祖母が練習相手を務めてくれました。キャッチボールの相手をしてくれたり、トスを上げてくれたり・・・。ずっと一緒に練習をしてくれました」
ヨキイさんは開会式での入場行進を楽しみにしているという。そして試合では応援のため球場に足を運ぶ予定だ。
結局、この日のパーフェクトノックは最後にミスが出て、完成せず終了した。涙にくれた長岡大手の選手たち。しかし3日後、この夏初めて全ての過程を完璧にやり遂げ、パーフェクトノックは完成した。夏を戦う準備は整った。
真っ暗になったグラウンドで水内は最後の夏への決意を語った。
「いろいろな人が支えてくれてここまでやってこれました。支えてくれた人のためにプレーをしたいし恩返しをしたい。自分たちの野球ができれば勝てない相手はいないと思っています。そしてこの3年生の姿勢が1、2年生に伝わって、長岡大手が変わったのは自分たちのこの代だと言われるようにしたいと思っています」
鈴木監督は水内について、静かにこう言った。
「この男、強いんですよ」
そこにはたくさんの涙を染み込ませてきた、強い男の目があった。
(取材・撮影・文/岡田浩人)