2009年夏の甲子園で準優勝した日本文理高校。9回2アウト、ランナーなしからの猛反撃・・・ナインの諦めない姿は、新潟県だけでなく全国の、そして野球ファンだけでなく多くの人の心に刻まれた。
あの決勝戦から4年の月日が経とうとしている。新潟県勢初の決勝進出、そして準優勝を成し遂げた選手たちは今、それぞれの進路で活躍している。あれから4年・・・準Vナインたちを取材した。(今後、随時掲載)
JR八王子駅からバスで約30分。郊外の地に杏林大学の硬式野球部グランドはある。ここで、ひと際大きな声を出している選手がいた。4年生・切手孝太選手。日本文理高校でトップバッターを任され、決勝戦では9回2アウトから反撃の狼煙となるフォアボールを選んだ選手だ。切手選手は今、キャプテンとしてチームの中心となっている。
切手選手(以下切手)「新チームになった時に、監督からキャプテンを任せると言われて・・・自分でもやりたいなと思っていました。高校の時は副キャプテンで、キャプテンの大地(中村大地選手、現・駒澤大学)を支えるポジションでしたが、大学でキャプテンをやってみて、下級生をどれだけ上級生と同じ気持ちにできるか、一体感を出すのが大変ですが、今の下級生はついてきてくれるのでやりやすいです」
Qキャプテンとして“切手色”は出している?
切手「もともと高校の時から明るくやる方だったので、大学に入ってからも下級生の時から先輩にもはっきり言う方だったので、プレー中も存在感出すようにしています」
杏林大学4年生・切手孝太選手
キャプテンとしてチームをまとめる切手選手
杏林大学のグランドにはもう1人、日本文理高校出身の選手がいる。高橋義人選手。あの夏、甲子園で打率6割3分6厘、本塁打2本を放ったバッターだ。高橋選手は切手選手が入学した1年後、杏林大学に入学した。
高橋義人選手(以下高橋)「杏林大学は自由な雰囲気で練習も楽しくできる。キャプテンは孝太(切手選手)がなると思っていたので・・・今はみんなを引っ張っていってくれている存在です」
杏林大学3年生・高橋義人選手
2人がいる杏林大学は『東京新大学野球連盟』に所属する。創価大学や東京国際大学などNPBに選手を送り込む大学が名を連ね、杏林大学はこれらの大学と同じ1部に所属する。
Q大学野球の印象は?
切手「高校はトーナメントで負けたら終わり。でも大学はリーグ戦で1つ負けても、あと2つ勝てば勝ち点を取れる。次があって、気持ちを切り替えられるのが大学野球の面白いところです。対戦するピッチャーもレベルが高い。去年は創価大に小川泰弘投手(ドラフト2位でヤクルトに入団)がいたり、一昨年は東京国際大に伊藤和雄投手(現・阪神)がいたり・・・いいピッチャーが多いので、どうやって打つか考えるのが楽しい」
高橋「自分はいっぱいいっぱい、かな(笑)」
切手「でも、高校の時にたくさんいいピッチャーと対戦したので、あれがいい糧になっています。あんなにいいピッチャーと対戦したのだから大丈夫、と」
Q高校の時に対戦した中で一番いいピッチャーは誰?
切手「たぶん2人とも一緒だと思います。春の選抜で対戦した今村(清峰・今村猛投手・・・現・広島)。あれよりいいピッチャーは対戦したことがないです(高橋選手もうなずく)」
高校3年生の夏、甲子園の、あの決勝戦を経験した2人。9回2アウトからの反撃では、2人ともにボール球を見極め、フォアボールで出塁し、日本文理の“繋ぐ野球”を示した。
切手「そうですね、あの時はただがむしゃらにやっていて、何が何だかわからなかったんですけど、いざ冷静に見てみると、義人もそうですけど、よくあの時、あそこでボールを選べたなと・・・。あの場面、自分は1球もバットを振ってないんですよ。でも義人はあの場面で初球から振っているんですよ。よくあの場面で、2アウトの初球からフルスイングできるなと」
高橋「自分はあの時、調子が良かったので(笑)。初球から振っていけたんだと思います」
鋭い打球を飛ばす高橋義人選手
9回2アウトから5点を入れるという甲子園の歴史に残る追い上げ。今も語り継がれる試合を経験した2人は、大学生となった今、あの試合をどう感じているのだろうか。
切手「夏の甲子園の決勝戦というのは誰もが経験できるものじゃなくて、両チーム合わせて36人しかベンチに入れない。しかも、ああいう試合ができた・・・大学に入ってから、うまくいかなかった時やつらいことがあった時は、あの決勝戦のDVDを見ます。あれを見ると元気が出るし、頑張ろうと思う。あの経験は自分にとって一生、支えになると思います」
高橋「そうですね、今はやっぱりあの試合以上に、甲子園以上に緊張する試合は、大学のリーグ戦でもなかなかないと思うので。仲間で集まった時にあの時のDVDを見ると、やっぱり盛り上がりますね」
取材をおこなった日、杏林大学は翌日にオープン戦を控えていた。キャプテンの切手選手は、ナインにこう呼びかけた。「リードされても絶対に諦めないこと」。
切手「自分が身を持って経験したので・・・自分も正直言って『野球は9回2アウトから』って言葉だけだろ、と思っていたんですけど、自分があの経験をしてしまったので。本当に最後の27個目のアウトを取られるまでは諦めちゃいけない、何があるかわからない、って思うようになりました」
Q大学に入ってからも周囲の見方は違った?
切手「試合のスタメン発表で高校名を言われるので・・・自分は苗字が珍しいじゃないですか。試合中に守っていてランナーが来ると『準優勝した時の切手さんですよね?テレビ見てました』と言われたり、準優勝メンバーだという目で見られるので・・・そこでオドオドしても仕方ないので。それを逆に自信に変えているというか、あの試合は一生、自分についてまわると思うので」
高橋「自分はそういうのをプレッシャーに感じてしまうので・・・。しっかり打ちたいなとは思っています」
杏林大学は去年、春のリーグ戦は3位、秋は5位だった。切手選手は秋には遊撃手部門でベストナインに選ばれている。ことしは杏林大学初となる『リーグ優勝』を目指す。
切手「監督からもコーチからも、ことし全国に行けなかったらこの先もないと言われるくらい、本当にいい選手がそろっているので、何とか春1位になって、杏林大学の歴史を変えたいと思っています。個人としての目標は特にないです。チームが勝てるなら、バントでもフォアボールでも何でもいいので、優勝するためにチームのコマになりたいです」
高橋「自分は3年生ですが、野球部員としては最後の年になるので。優勝を狙える代だと期待されていて。去年の秋は上位打線を任されていたんですけど、全然チャンスで打てず役割を果たせなかったので、今シーズンは得点圏で打ちたいと思っています」
春のリーグ戦で優勝すれば、6月の『大学野球選手権』に出場できる。そこで日本文理のメンバーたちと“再会”するのが目標だ。
そして、2人とも大学卒業後は「新潟で就職したい」と口をそろえる。自分たちを成長させてくれた新潟で、恩返しをしたいと考えている。
切手「自分は県外(東京都新宿区)出身で、新潟に行って日本文理に入って、甲子園の時も新潟の方に温かく応援してもらって、あれだけの結果を残せたと思うので、卒業したら、新潟県の人たちのために働きたいなと思っています」
高橋「僕は孝太より1年遅くなるんですけど、自分も新潟で働こう、新潟のために働こうと思っているので。野球はたぶん軟式になるかな。草野球や何かの形で続けていけたらいいなと思っています」
杏林大学の春季リーグ戦の開幕戦は4月3日、3季連続優勝中の創価大学が初戦の相手だ。“諦めない野球”を体現する2人の、ラストイヤーが始まる。
(取材・撮影・文/岡田浩人)