37年ぶりに夏ベスト4進出を果たした加茂暁星。加茂市の私立高校で、「1、2年生中心のチーム」とテレビや新聞で報じられている。2年前、神奈川県出身の押切智直監督(40)を招へいし、本格的に野球部強化に乗り出した。中には東京や福井など県外出身の選手もいることから、「いい選手を寄せ集めた」と見られるむきもあるが、快進撃の理由は決してそれだけではない。そこにはたった1人残った、唯一の3年生の存在がある。
「オーケーオーケー!」
「ナイス!」
21日の準々決勝。優勝候補を撃破してきた長岡大手を相手に、再三のピンチをしのいだ加茂暁星。守りで踏ん張った1、2年生のレギュラーたちを、唯一の3年生・小島広雅(17)がベンチ前で大きく手を広げて、笑顔で出迎えた。その笑顔に1、2年生が笑顔で応える。そして小島はそのまま3塁ランナーコーチに入り、大きな声で後輩たちを鼓舞する。その背中には背番号「10」が光っていた。
笑顔で後輩を出迎える加茂暁星唯一の3年生・小島広雅選手(右)
子どもの頃から「野球が大好きだった」という小島。地元の加茂中から「中学の先輩たちと一緒に野球をやりたくて」、加茂暁星に進んだ。
「先輩たちと楽しく野球ができればいい」・・・そう考えていた小島の前に現れたのが、押切智直監督だった。押切監督は日体大を卒業後、会社勤めをしながら、全国有数の激戦区・神奈川県で高校野球のコーチをしていた人物。野球部強化のために学校が招へいした。
「新しい監督が来るとは全然知らなかった」と振り返って苦笑する小島。
入学早々、厳しい練習が課された。
同期の1年生は4人いたが、次々とやめていった。
1年の秋が終わる頃には、小島1人だけになっていた。
練習に取り組む小島選手 部員50人のチームにあって唯一の3年生である
小島も「これまでで2回、やめようと思ったことがある」と言う。
1回目は、部員11人で臨んだ1年秋(14年秋)の県大会。
準々決勝の巻戦。
ライトを守っていた小島は1点をリードした9回裏の守りで、目の前で大きくはねた打球を後逸する痛恨のミス。逆転サヨナラ負けを喫した。
2回目は、去年の秋。
有望な1年生が大量入部し、小島はあっという間にレギュラーの座を奪われた。
唯一の2年生として、キャプテンを任されたものの、うまくチームをまとめることができず、4回戦で惜敗した。その日のうちに、監督から下級生に「キャプテン交代」を通告された。
「最上級生なのに、キャプテンでもない。レギュラーでもない。自分にできることがあるのか・・・」
その時、1つ年上の野球部の先輩・森山涼(現・中央学院大)から食事に誘われ、こう励まされた。
「この野球部で、おまえにできることがあると思う」
この言葉を聞いて、小島は考えを改めた。
「自分にできることは何だろう・・・自分は人よりも声が大きい。まずはチーム内で声を出して行こう。そして新しくキャプテンになった後輩の遠藤(莞生)をしっかりサポートしよう」
今春の県大会では記録係を務めた(左) 右は押切智直監督
小島の持ち味は打撃。冬の練習では誰よりもバットを振った。遅い時は夜10時過ぎまで打撃練習に取り組み、家へ帰った。
「守備がダメなので、とにかく打撃でチームに貢献したいと思った」
今春の県大会では、唯一の3年生にもかかわらず、ベンチ入りメンバーからも外された。しかし、小島は腐らなかった。記録係としてベンチに入り、大きな声で後輩たちにエールを送った。
1、2年生も小島を慕っている。
後輩からは「イジラれキャラ」。
そして時にはよき相談役であり、よき兄貴分でもある。
2年半、厳しく小島を指導してきた押切監督は「よく耐え、よく我慢した。1年生の時から比べると精神的にも大きく成長した。小島は加茂暁星の野球部員として世の中に送り出しても恥ずかしくない人間に成長した」と目を細める。
そして、夏の大会が始まる直前、押切監督は小島に背番号「10」を与えた。
背番号10・・・その意味するところを押切監督はこう説明する。
「中学も大学も、“キャプテン”が付けるのは背番号10。ウチのキャプテンは遠藤・・・だけど、小島は『裏キャプテン』。ここまで本当によく頑張って、後輩たちをまとめてくれた」
ピンチでは伝令役としてマウンドへ 背番号「10」としてチームをまとめる
13日の2回戦・白根戦の8回表、代打が告げられ小島がバッターボックスに立った。その瞬間、ベンチは最高潮に盛り上がった。
「小島さーん!」「思いっきり!」
ベンチからの1、2年生の声援に後押しされた小島はフルスイング。センター正面へのフライとなったが、小島は充実した表情を見せた。ベンチに帰った小島に押切監督が笑顔で一言、二言、アドバイスを送った。
「感じはいい。あとはしっかりとボールをとらえること」
そう言われた小島も笑顔を見せた。
2回戦の白根戦の8回に代打で打席に立つ 思いきりのいいスイングが持ち味
2年生キャプテンで四番打者の遠藤莞生は言う。
「小島さんあってのこのチーム。練習態度、ベンチでの態度・・・1、2年生の手本となってくれている。甲子園に行って、小島さんに恩返ししたい」
押切監督は「小島は打撃がいい。そしてムードメーカー。チームに明るさをもたらしてくれる」と最後の夏での活躍に期待する。
小島も代打での出場に備える。
「ここまでいろいろあったが、この夏は悔いのない夏にしたい。チャンスで代打で出る時は絶対に走者を返すつもり。今は大会を戦っていくごとにチームがどんどん1つにまとまってきている。どこにも負ける気はしない」
加茂暁星の1、2年生が口々に言う「小島さんのために」・・・たった1人の3年生がチームの快進撃を支えるエネルギーになっている。
(取材・撮影・文/岡田浩人 撮影/嶋田健一)