【日本文理 ベンチ入りメンバー紹介③】
⑩高橋竜大(3年・投手) 東京・四谷中 183センチ80キロ 右投右打
右のサイドスロー。「球速はないが、カーブ、ツーシーム、フォーク、チェンジアップの変化球を低めに集めて球数を少なく打たせて取ることが持ち味」と語る。東京出身。「不安だったが、甲子園を目指し新潟にやって来た。冬は寒くてびっくりした」と笑う。しかし人懐っこい性格ですぐに仲間と打ち解けた。本格的に投手を始めたのは日本文理に来てから。低め変化球と制球に目を付けた大井監督が抜擢した。控え投手だが、ベンチでは試合に出場している選手たちのサポート役を買って出る。「飯塚がベンチに帰って来たときにいかにサポートできるか」と裏方としても汗をかく。「新潟に来て最高の仲間たちと出会えた。この仲間たちと甲子園で勝ちたい」と目を輝かせる。
⑪藤田優平(3年・投手) 内野中 173センチ60キロ 左投左打
サウスポーで躍動感あふれる投球が身上。昨秋の神宮大会準決勝で公式戦デビューを飾り、今治西相手に完投勝利。切れのある変化球を低めに集める。福島県郡山市出身で、東日本大震災を受け、家族で新潟市西区に避難してきた。「強豪である日本文理で挑戦したかった」と進学を決め、家族が福島へ戻った1年夏からは寮生活を始めた。「家族で暮らしていた時は洗濯や食器洗いは親がやってくれていた。寮に入って自分でやるようになって親のありがたさを感じた。精神的にも自立ができた」と話す。「家族への感謝の気持ちを込めた投球を甲子園で披露したい」と意気込む。
⑫豊田廉(3年・捕手) 東京・鶴川第二中 171センチ72キロ 右投右打
控え捕手。中学時代にKボールの東京選抜チームとして新潟に遠征に来たことがきっかけで日本文理への進学を決意。「不安があったがこの仲間に出会えてよかった」と振り返る。去年夏の新潟大会から試合前のブルペンで飯塚の球を受けてきた。夏、秋、春、そしてこの夏と飯塚の成長を自らのミットで感じてきた。今では「キャッチボールから球のキレ、腕の振りを見て、その日の調子が判断できる」と言う。他の控え投手にも「自分が登板する場合の役割を考えさせるようにしている」と話す。甲子園では「鎌倉の控えとして試合に出ることも頭に入れつつ、ブルペンやベンチで選手をサポートする役割を果たしたい。ベンチから試合の流れを作りたい」と仲間を支える覚悟で臨む。
⑬川口達朗(3年・内野手) 水原中 180センチ78キロ 右投左打
左のスラッガー。阿賀野市出身で小学生時代は地元の寺社ビッグファイターズで野球を始めた。5歳先輩に09年の甲子園準優勝メンバーで甲子園で2本塁打を放ったスラッガー高橋義人さんがいた。「義人さんがカッコ良くて、尊敬していました。新発田シニアに入ったのも、日本文理に入ったのも、ずっと義人さんの背中を追いかけてきたから」と目を輝かせる。入学後は主に代打としての起用が多く、「誰よりも代打の経験は多い。1球にかける思い、1打席にかける思いは誰よりも強い」とアピールする。そのため1球で仕留める打撃練習も重ねている。今夏の新潟大会で甲子園出場を決めると憧れの先輩から連絡が入った。「おめでとうと言われて本当に嬉しかった」。09年の甲子園決勝はアルプススタンドから憧れの先輩を応援していた。今度は自分が甲子園のグラウンドで活躍する姿を先輩に見てもらいたいと思っている。
⑭榑井駿(3年・内野手) 山王中 170センチ75キロ 右投左打
内野守備のスペシャリスト。新潟西シニアで遊撃手としてならし、高校の進路で迷っていた時に日本文理OBから勧められた。去年秋の県大会からメンバー入りしたが、神宮大会、春の選抜はメンバーから外れた。「なかなか結果が出ずに悩んでいた。文理では打たないと『生きていけない』と思ったので」と冬場は徹底的にバットを振り込んだ。その結果、選抜後の県大会でベンチ入りメンバーに復帰。初戦で二塁手として先発出場すると結果を残した。夏の新潟大会では1打席の出場に留まったが、「いつでも出場できるよう準備している。出番が来たら全力プレーで頑張りたい」と全国の舞台でのデビューを待っている。
(取材・文/岡田浩人 撮影/岡田浩人 嶋田健一 文中敬称略)