2009年夏の甲子園で準優勝を果たすなど新潟県の高校野球界をけん引してきた日本文理高校の大井道夫監督(75)が今年度限りで退任することが2日、明らかになった。この日までに学校側が野球部員に伝えた。4月からは同校野球部OBの鈴木崇コーチ(36)が監督に就任すると説明している。
今年度で退任することが明らかになった日本文理・大井道夫監督
大井監督は1941年生まれで栃木県宇都宮市出身。宇都宮工業高校で3年夏にエースとして甲子園準優勝を果たした後、早稲田大学では投手、四番打者などを任された。卒業後は家業である宇都宮市の割烹料理店を経営する傍ら、高校野球解説者などを務めてきたが、1986年に知人を通して依頼され、新潟市の日本文理高校の監督に就任。無名の私立高校だった同校野球部を一から育て、1997年夏に甲子園初出場を果たすと、これまでに春5回、夏8回の甲子園出場を誇る強豪に育てあげた。特に2009年夏の甲子園では新潟県勢初の決勝戦に進出し準優勝。2014年夏には飯塚悟史投手(現DeNA)を率い、甲子園ベスト4進出を果たすなど新潟県の高校野球界をけん引してきた。
後任として監督に就任する鈴木崇コーチは五泉市出身。1997年夏に同校が甲子園初出場の際に2年生で二塁手のレギュラーとしてプレー。3年時には主将を務めた。東洋大学を経て、2004年から日本文理高校のコーチ兼寮監としてチームを支えてきた。
大井監督は去年10月の北信越大会準決勝で惜敗し、春のセンバツ甲子園出場が絶望的になった直後、「敗れたのは監督の責任。ただこのチームは力がある。強いチームのうちに後任の鈴木崇コーチに引き継ぎたい」と退任する意向を野球部関係者に伝えた。ただ周囲に強く慰留され、進退は保留となっていた。その後、大井監督は年明けには「夏までは頑張る」と周囲に続投の意向を示していた。
関係者の話を総合すると、状況が変わったのは先月中旬のこと。学校経営者側から大井監督に「退任」が告げられたという。その後、大井監督が後継指名していた鈴木コーチが学校経営者側から監督就任を要請された。長年、大井監督を支えてきた鈴木コーチは突然のことに「驚いて言葉が出なかった」という。野球部員は1月30日に上野順治校長から「大井監督が退任し、4月から鈴木コーチが後任の監督となる」と伝えられた。退任後の大井監督の処遇について学校側は「決まっていない」としているが、野球部関係者やOBからは「総監督」として引き続き野球部での指導を求める声が強い。大井監督自身も「部員に対しては責任がある」と話している。
2日の練習前、野球部員に自身の気持ちを伝える大井監督
大井監督は2日、校長が退任を伝えてから初めて野球部員の前に姿を見せ、「気持ちが動揺していると思うが、お前たちを絶対に見捨てない。責任を持ってやる。今年の夏は何が何でも勝って、甲子園に行けなかった2年間の屈辱を晴らさなければならない」と気合いを入れた。
(取材・撮影・文/岡田浩人 撮影/嶋田健一)